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札幌高等裁判所 昭和38年(ネ)156号 判決 1965年2月26日

控訴人(附帯被控訴人)

手嶋善五郎

右訴訟代理人

藤井正章

被控訴人(附帯控訴人)

多田和吉

右訴訟代理人

吉原正八郎

同右

山本穫

主文

本件控訴を棄却する。

附帯控訴および被控訴人の請求減縮に基き、原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、別紙第二目録中(11)を除くその余の物件の引渡しをせよ。

右物件中引渡しのできないものについては、それぞれ、それに相当する右目録下欄記載の金員の支払いをせよ。

控訴人は被控訴人に対し、金四九万二九八〇円の支払いをせよ。

被控訴人のその余の請求は、棄却する。

訴訟費用は、これを六分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の、各負担とする。

事実

第一  控訴人の申立

「原判決中控訴人勝訴の部分を除き、その余を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一・二審とも、被控訴人の負担とする」との判決を求める。

第二  控訴人の申立

「本件控訴を棄却する」との判決を求める。

(附帯控訴)「原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し別紙第二目録記載の物件の引渡しをせよ。もし引渡しできない物件があるときは、右目録中個数欄および請求単価額欄記載の数値による当該物件の価額相当の金員の支払いをせよ。訴訟費用は、第一・二審とも控訴人の負担とする」との判決および仮執行の宣言を求める。

(請求の減縮)原判決添付目録(別紙第一目録と同じ)を別紙第二目録に改める。

第三  請求の原因

被控訴人は、昭和三六年七月二〇日別紙第一目録記載の物件を担保として金五〇万円を弁済期同年一二月二〇と定めて控訴人に貸与した。そして、その担保契約の内容は、右昭和三六年七月二〇日控訴人はその所有にかかる本件物件の所有権を被控訴人に譲渡し占有改定の方法により引渡しをなすとともに、即日これを被控訴人から期間を定めぬ使用貸借によつてあらためて借り受け、引き続き使用するが、弁済期日に全額の弁済がなされないときは、被控訴人は控訴人から右各物件の引渡しを受けて他に売却し、その代金を以て債務の弁済に充当した上、余剰額があればこれを控訴人に支払う、というものであつた。

ところが、控訴人は弁済期に全然支払いをしなかつたので、被控訴人は、昭和三七年二月一九日頃控訴人に到達した内容証明郵便を以て当事者間の使用貸借契約を解除する旨の意思表示をし、物件返還を請求したが、控訴人は、別紙第二目録記載の物件につきその返還に応じないから、その返還を求め、もし、その返還ができないときは、その代償として、予備的に、附帯控訴申立内容のとおりの物件価額相当の損害賠償を求める。

第四  控訴人の答弁および抗弁

一、請求原因事実は、すべて否認する。

二、昭和三六年七月二〇日、金五〇万円を被控訴人から借り受けたのは、控訴人ではなく、控訴人が当時代表取締役をしていた訴外手島建設工業株式会社であつた。また、第一目録物件は、すべて右訴外会社の所有物であつたから、控訴人がこれを処分することはありえなかつた。

三、被控訴人は右会社の取締役であつた。控訴人は、当時会社財産である第一目録物件につき他からの差押えを免れるため、右物件を譲渡担保として差し入れた趣旨の公正証書を作ることに同意していたが、それは会社を債務者としての証書であつたところ、被控訴人は、昭和三六年一二月、控訴人不知の間にその印鑑を使用して、控訴人を債務者として右趣旨の公正証書を作成せしめるに至つたのである。

四、しかも一方、被控訴人は、会社に対する強制執行につき消費貸借債権金五〇万円を以て配当要求を申し立て、昭和三七年二月二四日その配当金一万二、〇四一円を受領している。

五、右会社に対する強制執行における競売物件中に本件第一目録物件の(3)および(10)のうち四台が包含されているほか、その他のものも、既に被控訴人に引き渡されている。そのうち(1)の物件は被控訴人が自己使用中であるが、その価格は金二七万円であり、(11)の物件は、引渡後訴外株式会社三浦組に金五〇万円で売却されている。また、控訴人は被控訴人に対し、昭和三六年一一月三〇日、金四〇万円を弁済している。右の合計だけでも金一一七万円に達するから、約旨によれば、借受金五〇万円に対し、余剰額を生じる位であつて、被控訴人の請求は失当である。

第五  被控訴人の再答弁

一、登記簿上訴外会社が存在していたことは認めるが、単に名目上のものであつて、実質は個人企業であり、従つて、目録物件は控訴人個人の所有であつた。また、被控訴人が登記簿上、取締役であつたことは認めるが、これも名目上のことに過ぎなかつた。

二、公正証書作成の経緯についての主張事実は否認する。配当要求とその結果についての主張事実は認める。

三、第一目録物件中(3)および(10)のうち四台が競売物件中に包含されていたこと、(1)の物件の引渡しを受けたこと、昭和三六年一一月三〇日金四〇万円を受領したことは認めるが、(1)の物件に関するその余の事実、(11)の物件に関する事実および右金四〇万円が本件五〇万円の債務の弁済としてなされとの事実は否認する。原審において(11)の物件の引渡しを受けたと主張したのは事実に反し錯誤に基くから自白を撤回する。また右金四〇万円については、当時控訴人は被控訴人に対し、木材代金債務金三七万四、〇七四円を負つていたので、被控訴人は、右代金債務および本件貸金の利息の一部金二万五、九二六円の支払いとして、これを受領したものである。

第六  控訴人の再々答弁

当時被控訴人に対し木材代金債務金三四万一、七一〇円を負担していた事実はあるが、これについては被控訴人から期限の猶予を得たので、弁済は本件金五〇万円の貸金債務につきなされた。かりに、右期限の猶予がなかつたとしても、本件貸金は利息月六分の約定であつたから、控訴人は弁済をなす債務者として、本件債務の弁済に充当したものである。

第七  被控訴人の立証<省略>

第八  控訴人の立証<省略>

第九  書証たる文書の成立に関する陳述<省略>

理由

一、控訴本人および被控訴本人の当審各供述によると、昭和三六七月二〇日被控訴人が控訴人――個人としてであるか会社代表者としてであるかはさておき――に対し、金五〇万円を貸すこととし、利息を天引して現金四七万円を貸し渡したことが認められる。(天引の点については、被控訴人本人の供述は採用しない。)

二、控訴人は、これは控訴人個人として借りたものではなく、当時控訴人が代表者であつた手島建設工業株式会社の事業資金として同会社が借りたものであると主張している。案ずるに、<証拠>を総合すると、控訴人は昭和二六年頃外地からの引揚後個人名義で建設業を営んでいたが、次第に事業を発展させ、昭和三一年五月には、出資者を得て手島建設工業株式会社を設立するに至つたことが認められる。しかし、取締役として登記された人々は、出資ないしは縁故の関係から単にその名を連ねたに過ぎず、経営の実権は、個人企業の時と同様控訴人一人の手に握られていたこと、および株券の発行とか商業帳簿の整備とかの正常な株式会社の設立運営の有様が見られないこともまた認めざるを得ないのであつて、これに徴し、会社とはいつても、実体は手嶋の個人企業と紙一重のものであつたと見るのを相当とし、<証拠>によるも右心証を左右するに足りない。従つて、本件における事業資金の借受けが会社名でなく個人名でなされたとしても不自然ではなく、成立に争いない乙第三号証附属の小切手は被控訴人の当審供述により右貸金の見返りに差し入れられたものと認められるが、その小切手の振出人が控訴人の個人名でなく会社名でなされている事実とも相排斥するものではない。また成立に争いない甲第一号証の公正証書が個人名で作成されていることも、控訴人の当審供述におけるように当時「頭が混乱して冷静を欠いていた」にもせよ、根本において個人企業と会社企業との区別が明確を欠いていたことに真因があつたと解すべきである。結局本件借受けは控訴人個人としてなされたものと認定される。

三、そこで、右の消費貸借に対する担保契約としての甲第一号証の契約において被控訴人に差し入れられた譲渡担保物件すなわち本件第一目録の物件の所有権についても、これが当時会社財産に属したという明確な証拠が他にない以上(<証拠>によれば、その一部が会社財産として差し押えられ、競売されたことであるが、右のような個人企業との区別の不明確な場合には元来個人財産である動産が会社に対する強制執行の対象となる可能性が大きいから、これのみでは、右物件が会社財産であつたとの心証を得るに十分でない。)、むしろ、甲第一号証の作成せられたこと自体に基いて、これらは個人財産に属したと認めるのが相当であつて、これに反する控訴本人の当審供述は採用できない。ちなみに、控訴人は甲第一号証は執行回避の目的で被控訴人と通謀して作成した旨主張するのであり、控訴本人の当審供述にはそれに副う部分があるが、当審証人助川正己の証言に徴し心証を惹くに足りない。従つて、甲第一号証のような内容の、すなわち、請求原因の主張に副う契約が当事者間に有効に成立したものと認めることができるから、本件第一目録物件は、控訴人が被控訴人から譲渡担保に伴う使用貸借によつて引渡しを受けたものとして、控訴人が本件消費貸借債務を昭和三六年一二月二〇日の期日までに弁済しない場合には使用貸借は終了し、控訴人は被控訴人に本件物件を返還すべき義務あるものといわなければならない。

四、控訴人は、昭和三六年一一月三〇日に、被控訴人に対し金四〇万円を弁済したと主張しており、金員授受については当事者間に争いがない。しかしながら、<証拠>によれば、当時同人は控訴人に対し別途金三七万余円の木材売掛債権を有し、右金四〇万円は右の支払いの概算として授受されたものであると認めることができ(期限猶予の事実を認めるに足りる証拠はない。)、これに反する控訴本人の当審供述は採用できない。その他右期日までに本件消費貸借債務が弁済されたとの主張立証はなく、<証拠>によれば、被控訴人は消費貸借につき期日に弁済を受けずとして昭和三七年二月一七日本件使用貸借を解除したことが認められる。よつて、控訴人は第一目録物件を被控訴人に返還すべきものであるが、被控訴人は当審において請求を減縮し、第二目録の物件について返還を求めているから、以下これについてのみ判断する。

五、まず、第二目録(11)の物件は、<証拠>を総合し、債権者有限会社三陽不動産がこれを株式会社三浦組に昭和三七年五月一四日金五〇万円で売却したことが認められるから、右物件につき引渡を受けている旨の被控訴人の原審における自白は事実に反すること明らかであり、従つて錯誤に基くものと推認しうるので、その自白撤回を許すべきであるが、右の次第であるから、既は控訴人から被控訴人に返還されることはできないものと認められる。同目録のその他の各物件は、これに反し、他に売却された事実が明らかでないから、なお控訴人が占有するものと認むべきである。控訴本人の当審供述ではこれを否定するが、それは会社財産であるということを前提とするものであるから、前判示に従い採用できない。従つてこれらの物件は被控訴人に返還されるべきである。

六、しかしながら、控訴本人の当審供述によつて認められる控訴人の現在の境遇からは、右の第二目録中(11)を除くその他の物件に対する引渡の強制執行が奏功するか否かは疑いなしとしないから、その場合には控訴人は被控訴人に対し物件の価格相当の損害賠償をなすべきである。よつてその額を案ずるには、<証拠>を総合すると、その単価はそれぞれ第二目録認定単価額欄記載のとおりと認められ(右証拠中これとくいちがう部分は採用しない。)、そのうち(8)の物件については請求単価額がこれを下廻つているから、代償額算出についてはこれを基準とすることとして、その代償額は、それぞれ右目録最下欄記載のとおりとなり、被控訴人の代償請求中これを超える部分は失当である。

七、第二目録(11)の物件については、前記のとおり返還の可能性がないものと認められるから、控訴人は被控訴人に対し、直接に代償額を支払うべきである。控訴本人の当審供述によれば、この物件は甲第一号証の公正証書作成当時においては一組金七万五、〇〇〇円の価格があつたものと認められ、先に認定した一四組合計金五〇万円との売却価額は不当に廉価であつたものと考えられるが、被控訴人は請求単価額としてはこれを下廻る金三万五、〇七〇円を主張しているので、代償額算出についてはこれを基準とすることとし、代償価額は金四九万二、九八〇円となる。

八、ところで、右各代償額の請求を認容するに先立ち、次の点を考慮せねばならない。すなわち、甲第一号証の記載内容によつても明らかなように、本件物件の所有権が被控訴人に帰属したとはいつても、それはいわゆる精算的譲渡担保として担保権者に所有権が移されたに止まるから、使用貸借契約終了と共に所有権が担保権者たる被控訴人に復帰するに当つてても、その精算的譲渡担保に由来する所有権の制限は依然としてこれを免れることはできず、それは、その物件が返還不能となつた場合の代償請求についても当然考慮されなければならない。すなわち完全な所有権者であれば物件価格相当の損害賠償を請求しうるけれども、精算的譲渡担保権者として所有権を得ていた場合には、物件を回復したとしても債権額以上の利得を保有しえないのであるから、物件を喪失したことによる損害も債権額を超えることはない道理であり、その賠償額は債権額を限度とすることとなるのである。

九、そこで本件について考えるに、当初の第一目録記載の全担保物件中(1)については、これが既に引き渡されたことは当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第三号証によれば、被控訴人はこれを昭和三八年八月訴外文字常蔵に二台金九九五、〇〇〇で売却したことが認められる。また目録(8)の物件および(10)の物件のうち四台については、いずれも<証拠>および弁論の全趣旨によつて、他の差押物件と共にこれらが競売され、その代金中金一万二、〇四一円が被控訴人に配当されたことが認められる。よつて先に認定した消費貸借成立額金四七万円と甲第一号証によつて認められる昭和三六年七月二〇日から同年一二月二〇までの年一割八分の利息およびそれ以後における年三割六分の損害金を合計した額から右二口合計額金一〇万七、〇四一円を控除した残額が、被控訴人が控訴人に対し請求しうる代償額の限度となるべきであるところ、前第六、七段認定にかかる代償額の総計金六九万一、四八〇円が右限度額を超えないことは明らかであるから、被控訴人の代償請求は、右認定の全額を認容しうることとなる。

一〇、以上を総合し、本件控訴は理由がないが、請求の減縮があつたから原判決主文を変更すべきであり、また附帯控訴による予備的代償請求も前記の限度において理由がある。よつて、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条を適用し、仮執行の宣言は附加せぬこととして、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官伊藤淳吉 裁判官臼居直道 倉田卓次)

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